大阪天満宮 大阪市街地のパワースポットを訪ねるPart 1

大阪の街中にある大阪天満宮を訪ねてみましたよ。

都会のど真ん中にあっても境内に入るとそこはもう神様の領域です。
いつもとは違う新鮮な気持ちで訪ねてみると、そこは神のパワーが溢れる大都会の異空間でしたよ。

大阪天満宮 参拝

大阪天満宮(おおさかてんまんぐう)は、大阪府大阪市北区天神橋にあります。大阪の人達からは「天満(てんま)の天神さん」と呼ばれて親しまれているんですよ。

協賛者の名前がいっぱいです。多くの人に親しまれている証拠ですよね♪

そして毎年7月に行われる天神祭は日本三大祭や大阪三大夏祭りとして有名なんですよね。

主祭神はもちろん「菅原道真公」です。学業の神さまとして超有名ですから毎年シーズンになるとたくさんの学生が訪れます。

でも、ここはそれだけじゃないんですよ。
なんと!!、運命を変えるほどのパワーがあるということです。

つまり運命を司る神社でもあるんですね♪

こんなことを教えて頂いたら、ますます楽しみが増えてワクワクするような気分で参拝しましたよ♪

大阪天満宮 表門(大門)

凄く立派な大門ですね~。


門の天井は注目ですよ!!
十二支の素晴らしい、方位盤あります。
「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」ですよね

「子(ねずみ)が北です。ということは「午(うま)」が南ですね。
それで、注目は西にあたる「酉(とり)」です。

鶏とかではなく「鳳凰」になってるんですよ~。
これは謎ですね~笑笑

一説によると、
えん罪で左遷になってしまった菅原道真公が、太宰府に向かう前日に道明寺の叔母のところを訪ね夜明かしで別れを惜しみました。

しかし、鶏の鳴き声によって出発を急がされたそうです。そして「暁になっても鶏の鳴かぬ里があればいいのに」という意味の歌を詠んだのでした。

そのことから、道真公の気持ちを思って「鶏」ではなく「鳳凰」になったと言われています。

その他にも境内に祀られている大将軍は、大白星(金星)の精で鳳凰を乗り物にしていたということも関係しているみたいです。

ちなみに、酉年の絵馬も鳳凰になっているそうですよ。

大阪天満宮 拝殿・本殿

拝殿前の狛犬が!!

わお~まるで黄金の狛犬~~♪

光ってるやん~笑笑

両方とも口を開けてるから、阿・阿の狛犬かな~笑
大理石で造られているんですね。

でも元々は青銅で出来ていて阿吽になっていたそうです。
それが、戦争中の金属回収令により供出されてしまったそうです。大阪にはそのような例がたくさん見受けられるようです。

本殿北側

北側鳥居

大阪天満宮 登竜門

学生さんや何かをやり遂げたい人なら、やっぱり訪れておきたいのが登竜門!!

1月~3月の特定の日だけ、門が開いていて通り抜けれるそうです。ここを通り抜けると合格気分満開ですよね~。
(通り抜け参拝をしたい人は開いている日は少ないので事前に確認しておきましょうね)

登龍門っていうのよく聞く言葉だと思いますが、中国のことわざで「立身出世のための関門」の事ですね。
「龍門」っていうのは中国の黄河中流の急流のことで、これを登った鯉は龍になるという言い伝えから来たそうですよ。

授与所で【合格守】を購入するとそこに本殿参拝券が含まれいます。
「東の登龍門」から本殿に入場して「西の登龍門」から退場する形の参拝ができるんですよね。

大阪天満宮 摂社・末社

参拝にいったら、本殿だけでなく摂社の方も全部参拝することが大事なんですね。

例えていうなら摂社というのは、本殿が社長なら会長のイメージになる場合もあるそうですよ。
大阪天満宮にも摂社や石碑などがたくさんあるので、その一部をご紹介しますね

大将軍社

祭神は八衢比古神(やちまたひこのかみ)、八衢比売神(やちまたひめのかみ)、久那斗神(くなどのかみ)

大将軍社は天満宮より250年も昔からあったその土地の神様です。そして大阪天満宮の中でも特に重要な場所とされています。

菅原道真公は、藤原時平の策略によって九州太宰府に左遷されてしまいました。
道真公は、「大将軍社」に参詣してから太宰府に向かったのですが、2年後に59歳で没してしまいました。

その50年後のある夜、大将軍社の前に突然一夜にして七本の松が生え、夜毎金色の霊光を放ったというのです。

この不思議な出来事を知った村上天皇は、勅命により道真公の御霊を祀った大阪天満宮が建てられました。つまりここが発祥になっているんですね。

その後、摂社として祀られたということです。

蛭子遷殿(蛭児遷殿)

蛭子大神を祀っています。

遷殿というのは、何か必要なその時だけ本殿から遷ってこられる社のことです。
つまりここ場合は、大阪天満宮本殿から蛭子遷殿に遷られるということですね

ところで、この漢字ですけど「ヒルコ」とも「エビス」も読めますよね

蛭児(ヒルコ)っていうのは、イザナキ命・イザナミ命の新婚生活で最初に生まれた子供です。しかし身体には骨がなかったので葦の船に乗せられて流されてしまったんですよね。

そのヒルコは海を漂ったのち、現在でいえば兵庫県西宮の海岸にたどり着き、その土地の人々に育てられたそうです。

最初は蛭子三郎(えびすさぶろう)と呼ばれ、のちに蛭子大神として祀られたとうことです。
今では、福の神の代表格になっていますよね。

ちなみに掲示板は、「蛭児遷殿」となっています。
「一月十日には遷座ののち十日戎祭(とおかえびす)が斎行される」
「蛭児大神は戎・恵比須(えびす)などとも書き、福の神、漁民・商家の守護神として崇敬される」となっていますよ。

しるべの石と瓢箪石(ひょうたんいし)

瓢箪石は穴が面白い感じに開いていて珍しいのですが、いわれとかは分かりませんでした。
ひょっとして、あの穴は異次元への~~笑~

参集殿の鬼瓦

明治35年に葺かれたという、参集殿の大きな鬼瓦が展示されてました。
(昭和52年の菅原道真公御神退千七十五年の時に、銅板に葺き替えしたそうです)

神明社

天照皇大神と豊受皇大神を祀っています。

・天照皇大神
八百万の神の中でもトップランクに位置する神様です。
太陽を司る太陽神の女神・天皇の祖神・伊勢神宮の祭神です

・豊受皇大神(とようけのおおかみ)
食べ物の女神で、天照皇大神の食べ物の調達役でもあるんですよね。

八坂社

素盞雄命(すさのおのみこと)をお祀りしています。

八岐大蛇(やまたのおろち)退治で有名なスーパーヒーロー的神様です。
人気ランキングでも上位の神様ですね~。

白米稲荷社(しらよねいなりしゃ)

五穀豊穣、商売繁盛の稲荷大神をお祀りしています。
伏見稲荷大社の奥院と称されているそうです。

ここには「狐・天狗の爪研ぎ石」というのがあって、
爪でひっかいたような跡が……笑
(何でも古代に勾玉を研いだ跡らしい…..)

勾玉守のお参りの作法も書いてありました。
(勾玉守は授与所で受けられます)

住吉社

住吉三神(上筒之男命、中筒之男命、下筒之男命)を祀っています。
イザナキ命が黄泉国から戻り、禊ぎをしたときに生まれた神様なんですよ。
海、航海の神でもあるんですよね。

社の住吉造は、伊勢神宮の神明造や出雲大社の大社造と共に、神社建築の最古の様式なのだそうですよ。

お社の中が輝いて綺麗~♪

霊符社(れいふしゃ)

天之御中主神(あまのみなかぬし)をお祀りしています。
高天原(たかまがはら)に一番最初に現れたとされる天地創造の神様、宇宙の根源神ともいわれているんですよ。

ここの狛犬、ちょっとみると人面のようにも見えてくるような….。

もっとよく見ると…
耳と目が違いますね~笑

なんとなく楽しそうなお顔♪

大阪天満宮について

いつもは狭いと思っていた大阪天満宮なんですけど、きっちり参拝すると1時間以上はかかるんですよね~笑笑

このブログで紹介されていない所がまだまだたくさん残っています。
みなさんも、一度確かめてみるといいでよ。

大阪天満宮の祭神は「菅原道真公」で学問の神様として祀られているは有名ですけど、その他にもここは祭神を取り囲んでいる星の神々もすごいパワーがあるんですよね。

運命を司るといわれる星の神様ですから、ここに参拝すると運命を改善してくれるいわれています。

ここは古来から星には神秘的な力をあるとして、北極星や北斗七星の信仰を中心とした「星辰崇拝(せいしんすうはい)」の地でもあったんですね。

そのような事でかつては、明星池・星合池・七夕池といった池があったそうです。現在は星合池だけ残っているんですね。

その星合池に「愛嬌橋」という橋が架かっていて、この上で出会った男女は、星の神秘的なパワーによって結ばれるそうですよ。

まさに運命を司る神社!!。とってもステキですよね~♪

菅原道真

菅原道真公は、一般的には「天神さま」とか「天神さん」と呼ばれていますよね。
そして、学問た受験の神様としてシーズンになると天神さまは大忙しとなるわけですね。

そんな親しみのある神様ですが、最初はこの世に恨みを残し非業の死を遂げた怨霊だったんですね。

菅原道真は学者の家筋に誕生し、幼少から文才に優れて当時の国家公務員の上級の難しい試験にも合格しました。
その後、醍醐天皇のもとで順調に出世して55歳で右大臣に昇進したそうです。

しかし異例の出世をよく思わなかった藤原時平のでっち上げの策略で失脚してしまい太宰府へ左遷されてしまったんですね。
その地で2年後に無念の思いで亡くなりました。その墓所に建てられたのが「太宰府天満宮」です。

道真公が亡くなった後、都では天変地異が続いたそうで、宮殿に雷が落ちたり、陥れた藤原時平が病死したそうです。

そのことで、人々は「菅公の怨霊の祟り」として恐れたのだそうです。

その怨霊の強さは凄まじく、菅原道真を失脚させるために関わった人達が次々と落雷や病で死んでいったんですね。
その他にも日照りとか疫病も続いたそうです。

そのような事から怨霊を鎮めるために北野天満宮が創建されたということです。

それにしても、怨霊を鎮めるために神に祭り上げて、しかも学問の神様してまう日本人の前向きな考えというか、おおらかさはスゴいなと思います。

ちなみに、学問の神様として信仰されるようになったのは、平安時代~鎌倉時代初期の頃で、天神さまは「正直の神」「慈悲の神」として信仰され始めたそうですよ。

学問の神様にも、もの凄いエピソードがあるんですよね~。

大阪天満宮へのアクセス


宿泊情報⇒>大阪天満宮 周辺のホテル・旅館<

■大阪天満宮
アクセス情報はHPより⇒http://www.tenjinsan.com/
530-0041大阪市北区天神橋2丁目1番8号
TEL 06-6353-0025
・地下鉄谷町線・堺筋線「南森町駅」下車
DEF階段を上り、4番出入口を出てすぐの天神橋商店街に右へ、二ツ辻目を左へ50m
・JR東西線「大阪天満宮駅」下車
JR東西線3番出入口(東西線アクセスビル)を出てすぐの天神橋商店街に左へ、二ツ辻目を左へ50m

大阪市街地のパワースポットを訪ねるシリーズ
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