福満虚空蔵菩薩 霊厳山圓蔵寺 福島県会津柳津を訪ねる

福島県奥会津にある柳津町(やないづまち)は、古い歴史と伝統に育まれた町で、平安時代から1200年の歴史ある奥会津最大の仏教の拠点といわれているそうです。


その地にあるのが福満虚空蔵菩薩 圓蔵寺です。

そして日本三虚空蔵の一つと言われています。
ちなみに、後二つは茨城県東海村の「大満虚空蔵菩薩」と千葉県鴨川市の「能満虚空蔵菩薩」だそうです。

福満虚空蔵菩薩 圓蔵寺へ

圓蔵寺は小高いところにあります。写真に見えるのは仁王門です。

この急な階段を上って行きましたよ~。


狛犬さん!!

仁王門

かなり大きい山門です!!
仁王様がお寺の門番しています。

仁王門が建てられたのは約400年前だそうですが、現在の門は大正13年に再建されたそうです。

右側が口を開いた金剛(阿形)、左側が力士(吽形)の仁王像

天井には龍の絵が二面ありました。

後で、知ったのですが、この絵の真下で手を叩くと”龍が鳴く”そうです。
どんな鳴き声がするのか手を叩いてみたかったです……残念


こんな彫刻もありました。
【この土地の漁翁が只見川に流れついた霊木を拾って斧で切ろうとしたところ大きな音を発した。
その夜、夢で白髪の老人が「流木は天竺からの霊木なり」というお告げがあったので弘法大師に捧げた】という伝承を彫刻にしたものだそうです。
(その霊木で彫ったものではなかったのね~笑)

急な階段が続きます。

上から山門の方を見下ろすとこんな感じ~~。

狛犬??

やっと、境内にたどりついた~って感じですね~笑

そこに待っていたのは
狛虎?と狛牛??~笑笑~

虚空蔵菩薩が鬼門である丑と寅の方位を護り押さえたという事でこうなっているんでしょうかね~。
(由来のプレートには、電力会社が発電所工事の成功を祈願して奉納したと書いてあるみたいです。漢字が難しくってハッキリとはわかりませんけど~)

撫で牛

菊光堂を建てる時にとても助けられたと言う伝説があり、感謝の気持ちも含めて安置してあるそうです。

それから、健康になれるという信仰から自分の身体の悪いところと同じところを撫でる参拝者も多いそうですよ。

鐘楼

鐘楼は明治26年に建てられたそうですが、鐘は第二次世界大戦の時に強制供出となってしまったということです。
今の鐘は昭和28年に作られたものだそうです。

NHKの「ゆく年、くる年」で放送された事もあるそうですよ。

手水舎

趣のある素晴らしい手水舎ですね~。


菊光堂(きっこうどう)

「菊光堂」は圓蔵寺のご本尊が安置されているお堂です。

名前の由来は、昔は菊光仏という仏様を祀っていたからなのだそうです。
総ケヤキ造りということで素晴らしいお堂です。

虚空蔵菩薩は丑年、寅年の守り本尊としての信仰があって、織田信長や豊臣秀吉なのど信仰も厚かったのだそうです。

そして徳川家の永代祈願所にも定められているそうです。
徳川家康が壬寅年(みずのえとらどし)生まれということで、虚空蔵菩薩を守り本尊としたことに由来するそうです。

会津領主の蒲生秀行の夫人が家康の娘の振姫ということもあって、大阪夏の陣へ出陣する家康の無事を祈願したといわれています。

そのようなことから、六代将軍の徳川家宣(いえのぶ)の時に三葉葵の御紋の使用が認められたそうです。

縁起によると
弘法大師が唐の高僧から霊木を授かり、その木を三つにして海に投げいれたそうです。
それが、茨城、千葉、そして只見川を遡ってこの地に流れついたということです。

その知らせを聞いた大師は、その木で虚空藏尊菩薩を彫り上げたといわれています。それを受け会津の徳一大師が圓藏寺を開創したと伝えられています。

菊光堂から見た境内の風景

遠くからでも赤ベコが目立つ~~笑笑~

柳津町は赤ベコの発祥の地なんだそうです。お堂を建てたときにどこからともなく力強そうな赤毛の牛の群れが現れて木材運びの手伝いをしてくれたんだって!!

その時の感謝の気持ちで赤ベコが大切にされたという「赤ベコ伝説」があるんですね。

今では会津の代表的な郷土玩具「赤べこ」になり「幸せを運ぶ牛」として愛されているんですよ~♪。

只見川

菊光堂からみる只見川や遠くの景色もステキです~♪

弘法大師の只見川伝説

只見川っていう名前って!!
弘法大師が、お寺を開こうとして川沿いを探し歩いたけど適した場所が見つからずに「ただ(只)見てきた」ということから、
「只見川」と名付けられたんだって~笑笑

さすが弘法大師ですよね
何をしても伝説になってしまうんですね~。



弘法大師のうぐい伝説

只見川と銀山川が合流するところに、淵があってここに住むうぐいは「福満虚空蔵菩薩に守られている魚」というこで保護されているそうです。

何でも、弘法大師が虚空蔵菩薩を彫った時に出た木片を川に流したら、それがたくさんの「うぐい」になって魚淵と呼ばれるようになったそうです。


清姫橋

魚淵のうぐいの群れを間近にみることができる橋があるんですよね
鮮やかな赤い欄干がステキな橋です。
昭和天皇の五女、清宮貴子内親王がこられたことで「清姫橋」と名付けられたんだそうですよ。

虚空蔵菩薩

虚空蔵菩薩 (こくうぞうぼさつ)は古代インドのサンスクリット語で「アーカーシャガルバ」と呼ばれています。
「明けの明星」は虚空蔵菩薩の化身・象徴なんだそうです。

「虚空蔵」については、斉藤一人さんがこんなお話をされています。
【「天から閃く」っていう事があるけど、閃くためにはその元があるってことで、その元を外国ではアカシックレコードと呼んでいる。
それは、知恵が集まっているデータベースのようなもの。

アカシックレコードというのは、元々は阿迦奢(アカシャ)というい仏教用語から来ている。
それを、日本では「空」とか「虚空蔵」と言った】

私たちは「楽しく、ワクワクして過ごしている」と虚空蔵の知恵ががやってくるのだそうです。
前向きの人にはやっぱり知恵が授かるんですね~♪

つまり虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)の「虚空蔵」は宇宙と同じように無限の知恵と慈悲が収まっていている蔵を意味しているということですね。

そして願いを叶えてくれるために、その蔵から知恵とか知識を取り出して私たちに与えてくれているんですね~。

弘法大師空海についても一人さんのお話によると
【空海は青年の時に室戸岬の洞窟 御厨人窟(みくろど)に居住したと伝えられて、この洞窟から見える風景は空と海のみで、ここから「空海」の法名を得たと言われる。

でもそんな簡単なものではなく、空というのは知恵を表している。
宇宙の空間の中に膨大な知恵が海のごとくあるんだよ。それで空海っていうんだよ】
ということでした。

何事も奥は深いですよね~。

柳津町 おまけ情報

柳津の大清水

虚空蔵様の近くに清水が湧き出ている所がありました。

弘法大師が虚空蔵様を彫られたときに、柳津の人たちは弘法大師を大切にあがめたそうです。
それに喜ばれて、錫杖(しゃくじょう)で岩を突くと清水が湧き出したそうです。
その清水が今でも湧いていて大切にされているということです。

私たちもとっても美味しくいただきましたよ~♪

お昼ご飯は、この近くにある「すずや食堂」でいただきました。

柳津というと博士山麓で栽培された「博士そば」が美味しいということですが
私たちは奥会津B級グルメ「ソースカツ丼」のメニューにつられて、お蕎麦屋さんではなくここにしました~笑笑

お店の人はとっても親切で、一緒に出してくれたお漬け物がとって美味しかったです。
もちろん、ソースカツ丼は言うまでもなくバッチリのお味でしたよ~オススメ♪。

もう一つ、名物の粟まんじゅう!!
「元祖」は岩井屋。創業約200年だそうです。お土産にいいですよね~。

内容盛りだくさんの会津柳津、虚空蔵様へのお参りでしたよ♪。

福満虚空蔵菩薩へのアクセス


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■福満虚空藏菩薩 圓蔵寺
969-7201  福島県柳津大字柳津字寺家町甲176
TEL 0241-42-2002

会津坂下ICから直進 国道252号 車で10分