鳥追観音 如法寺 福島県耶麻郡西会津町のころり観音を訪ねる

福島県西会津の地に、ころり観音って呼ばれている観音様が3カ所あります。
そこは中田観音と立木観音、そして鳥追観音と呼ばれるお寺で三つ合わせて「会津ころり三観音」と呼ばれるそうです。

なんとも凄いネーミングですよね~笑~
でもそこには深い意味が込められていたんですよ~。

どんなお寺なのかとっても気になっていたので、今回はその中で「鳥追観音(とりおいかんのん)」と呼ばれ親しまれている如法寺(にょほうじ)を訪ねてみました。

鳥追観音 如法寺へ参拝

参道入り口付近、仁王門の屋根が見えます。

仁王門

高野槙(こうやまき)の掲示板がありました。
樹齢約1200年で、高さが30mという巨大さでしたよ~。
(写真に撮ってなかったのが残念です……)

手水舎

不動明王の石仏と左側には観音像です。

参道を振り返ると、境内はこんな景色です。

立派なお堂です。
現在のお堂は慶長十八年に再建されたものということです。

鳥追観音は、1200年の歴史があるそうです。
そして、「三毒消滅の霊場」にもなっているということです。

仏教では、人間には貪欲(とんよく)、瞋恚(しんい)、愚癡(ぐち)という三つの大きな煩悩があると教えられているんですよね。これが「三毒」とよばれるものだそうです。

・「貪欲」はむさぼる邪心な欲、つまり自分の好みの物(名誉や富、性愛などすべてについて)を、もっともっとと際限なくむさぼる心。
・「瞋恚」は自分の心にさからう相手に腹を立てる怒りの心。
・「愚癡」は差別する心とか自己中心的な考え方で不平不満を言う愚かな心。

この三つの悪い心を仏の慈悲にすがって消し去るのが「三毒の消滅」という意味なのだそうです。

その結果、仏の導きで心に安らぎが宿り、いろいろな病気がなくなり、健康に生きることができて長寿をまっとうし大往生ができると約束されて、来世は極楽土に往生ができるという教えなのだそうです。

それから、「ころり」の事なんですけど。
ここの観音堂にお参りすると人生最後は苦しまずに成仏できるとされ、家族に余計な負担をかけないですむので「ころり」観音と呼ばれるようになったそうです。

やっぱり最後は、認知症とか寝たきりにならいで「ころり」といきたいですね~。
(「ころり」は、脳や心臓疾患での突然死とは意味が違うというこですからね、勘違いしないようにということです。)

観音堂には素晴らしい彫刻もたくさんあります。
その中に、左甚五郎作といわれる三匹の猿の彫刻があるんですよ。

その猿とは、
・「災難より隠れ猿」鷹に襲われないように隠れている猿で、鷹の目が猿の方に向いている。
・「災難より逃れ猿」鷹が猿を見失い難を逃れた猿で、鷹の目線が猿を向いてない。

そして最後は「安楽に暮らし猿」で、手枕で丸くなって眠る猿だということですが、牡丹の蕾に似せた隠し彫りになっているので「心に迷い」があると見つけられないそうですよ~笑~

私はどうだったかというと…. 想像におまかせしま~す(笑笑)

次に会津を訪れた時には、
中田観音と立木観音にも立ち寄って、「会津ころり三観音」と西会津の文化にふれてみたいと思いました。

鳥追観音 御朱印

鳥追観音へのアクセス


宿泊情報⇒>西会津 ホテル・旅館<

■鳥追観音
〒969-4406 福島県耶麻郡西会津町野沢字如法寺乙3533
TEL 0241-45-2061
HP⇒http://www.torioi.com/
電車
磐越西線 野沢駅下車 >> 町営バス大久保行き >> 鳥追観音前下車
野沢駅より2.5km・6分(タクシー有)


磐越自動車道西会津インター下車 >> 大久保入口信号 >> 鳥追観音
磐越自動車道西会津インターより2km・5分

おまけ情報

鳥追観音の近くに国鉄時代のロータリー式の雪カキ車が展示されていました。
後ろの方にはラッセル車もあったんですね~
ロータリー雪カキ車の迫力に圧倒されて気づきませんでした~笑笑~

昭和24年に作られて、昭和51年まで活躍したそうです。
蒸気機関が動力の大きな回転式の羽根で、「黒い巨鯨が潮を吹き上げるように白雪を吹き飛ばしながら進む」と説明板にありました。(自走は出来ないので別の機関車に押してもらうんですね)

きっと雪を吹き飛ばしながら進んで行く様は凄い迫力があったんでしょうね~。

すぐ脇にこんな碑もありました、

【懐旧】(かいきゅう)
簡単に言えば「昔の事を懐かしく思い出すこと」です。
「伊東 正義」

伊東正義さんといえば、竹下登氏辞任の後の次期総理の候補として取り出された時に
「本の表紙だけ変えても,中身が変わらなければダメだ」といって総理大臣就任を固辞したというエピソードで有名な会津出身の衆議院議員です。

「政治家にとって倫理は法よりも重い」という気骨の会津人だったんですね~。