丹生川上神社下社 奈良県下市町のパワースポットを訪ねる。

丹生川上神社下社( にうかわかみじんじゃしもしゃ)奈良の南に位置する下市町に鎮座している神社です。

丹生川上は、いまから約2600年前ほど神武天皇の代から祭祀を行う聖域でもあったそうです。

神武天皇が東征の時に、「天の香具山の社の土で、平瓦八十枚とお神酒の瓶を作って天神地祇(てんじんちぎ)つまりあらゆる神々をお祀りしなさい、そして祈りをささげれば敵は降伏するだろう」という天神の教示があったそうです。

日本最古の水の神様

丹生川上神社の歴史は古くって、飛鳥時代(あすかじだい)に遡ります。

天武天皇が676年に「人声の聞こえざる深山に宮柱を立て祭祀せば、天下のために甘雨を降らし霧雨を止めむ」
という神の教えによって創建されたと言われています。

そんな「雨乞いの神」「日本最古の水の神様」が鎮座されている地だったんですね~。

丹生川上神社下社へ参拝

大鳥居

なんとも澄んだ空気感がきもちいい~

色づいた紅葉の景色が季節を感じさせてくれます。

神馬

鳥居をくぐった瞬間に神馬が2頭!!


丹生川上神社はあの「絵馬」の発祥の地でもあるそうです。

室町時代の頃まで朝廷によって、
雨を祈る時は、慈雨をもたらす黒雲のイメージの「黒馬」
晴れを祈る時は、晴れた空に浮かぶ白雲のイメージの「白馬」が献上されたそうです。

そして願いを叶えてもらうために、神様に奉納された神馬に乗って地上に降りてきてもらうのだといわれています。

生きた馬は高額であり、神社の方も馬の世話が大変ということもあって、次第に「絵に描いた馬」になったようです。
その後、都が京都に移ると貴船神社に受け継がれていっんですって!!。

丹生川上神社には、「絵馬発祥の地」としてこんなことが書かれていました。
「人は神に 雨を願い 馬を奉る
人は神に 願い 馬を奉る
人は神に 願い事を書き 絵馬を奉納する」

手水舎

拝殿・本殿

修復工事中で建物は見ることができなかったです。

修復工事は、あの1000年以上も続くという世界最古の長寿企業の金剛組が施工してるようです。
創業は聖徳太子の時代ということで、なんと1400年以上の長さを誇っているんですね~。

日本にこんな会社があるなんてステキです。

ちなみに、世界には創業200年以上の企業が、約5600社あるそうです。
なんとそのうち約3100社が日本にあるんだって!!

しかも、創業1000年を超える企業は世界に12社しか存在しないそうです。
そのうち9社が日本国内にあるというのですからオドロキです。

ここの丹生川上神社下社のおもしろさは…
宮司さんにあります。

いつもいらっしゃるわけではありませんが、いらしたらいろいろお話してくださります。

今回は拝殿の扉を開けて奥の階段を見せていただきました。
神々しい雰囲気に感動でした。
そしていっぱいお話してくださいました。
ついてる、ついてる~。

ここの階段は、拝殿と本殿を結ぶ急な階段で“神様への階段”とも呼ばれる“階(きざはし)”なんですよ~。

一般参拝者も一年で6月1日の例祭の日だけ、この階を登り本殿への参拝が許されということです。

宮司さんは、平成21年秋に着任したそうです。
ここは社格が官幣大社と最高位の神社なので、大きな神社での経験がないと奉職はできないということです。
宮司さんも、近畿の大きな神社を数社経験してきたそうです。

宮司代務者として着任する条件は「ご利益を説かない」「宣伝をしない」「流行を追わない」だったそうです。

着任当時は、過疎の部落ということもあって訪れる人がもすくなくって、例祭でも地元の人が10人ちょっとくらいしか集まらなかったそうです。

宮司さんは、お参りに来た人達に声をかけ、日本人の心を伝えてきたと言います。また来たいと思ってくれるような、心のこもった声かけをしてるというこです。

そんな気持ちが人々に伝わっていったのか、自然に多くの人が訪れるようになってきたそうです。
そして翌年には、全国から多くの参列あったということで、これを機に正式に宮司に着任したということです。

人を集めるのではなく、人が自然と集まってくるステキな神社なんですね~。

すべてを受け入れて、否定しないで前に進む
人生において、出会うのは福の神ばかりではない
貧乏神や疫病神との出会いだってあるのです。

「人は人のために生きてこそ人」
それは、後ろを振り返るとみんなに支えられている自分に気づくということ。
日本人はお互いに励まし合って生きてきた絆の強い民族なんです。

こんなお話がいっぱいでした~。

欅(けやき)の御神木

「今、心静かに大木の幹に手を触れて生気を頂きながら、何か一つだけ願いをかけてみよう。思わぬご利益に預かることができるかも」と書かれていました。

御神木に直接触れていいっていうのは珍しいかもしれません。

私も御神木のパワーを頂いちゃいました~
体も気持ちも軽くなったような~♪

発祥至福の人形祓い

水を使って人形(ひとかた)の紙を流すという御祓い(おはらい)のようですね~。
「発祥致福」というのは、小さな幸せがやがて福を招くという意味なのだそうです。

紙を流すとすう~っと溶けて流れるんだけど、人によって流れ方が違うんだよ~

みんなでするとよくわかるかも…笑

穢れ(けがれ)を水に流す~
こんなの初めて~


御神水

名水「いのちの水」です。

ほんと、水ってあまりにも普通にあるので、無くなってしまった時に初めて水のありがたさを感じるんですね~。
私も旅先で断水を経験したときに感じました。

水神力御霊守(みずじんりきみたまもり)

三社共同で出してるお守りでしょうかね~
わりと有名らしいです。

産霊石(むすびいし)

お参りすると子宝に恵まれるそうですよ~。


丹生川上神社下社 祭神

丹生川上神社は上・中・下三社があるんですけど、どうして三つに分かれているのかとっても気になったんですよね。

何でも上・中・下っていうのはその位置関係とか社格の上下には関係がないということでした。
現在で言えば「上社⇒川上村の神社、中社⇒東吉野村の神社、下社⇒下市町の神社」

本来は丹生川上神社は1つなのだそうです。

実は、丹生川上神社が創建され、二十二社という朝廷から格別の崇敬があったににも関わらず、応仁の乱など幾度の混乱があって徐々に衰退していってしまったそうです。

そしてついに、丹生川上神社がどこなのかも分からなくなってしまったのだそうです。

明治になって調査されたそうですが、どこが「丹生川上神社」なのかはわからかったそうです。
その後、紆余曲折があったそうですが、それぞれにそれなりの理由があったそうで、結局「三社とも丹生川上神」ということになったのだそうです。

丹生川上神社にはこんな歴史もあったんですね~。

祭神
闇龗神(くらおかみのかみ)

「闇」は谷間で、鬱蒼とした深い緑に覆われた渓谷のイメージです。「 龗(おかみ)」は龍の古語で、龍は水や雨を司る神とされています。
それから「水の湧き出るところ」という意味もあるそうです。

日本にたくさんいるとされる「雨乞いの神様」の中の代表的な神様がクラオカミノカミと言われています。

闇龗神の誕生は壮絶です。
イザナギとイザナミによって、たくさんの神が生まれたのですが、最後に生んだのが火の神の火之加具土神(ヒノカグツチノカミ)だったそうです。

その時イザナミは、女陰を火に焼かれてしまって重傷を負ってやがて死んでしまいました。

イザナギは、愛しい妻がたった1人の子共のために命を落としてしまったため、自分の子供とはいえ火之加具土神に憎悪の念を募らせました。

そしてついに、十拳の剣(とつかのつるぎ)を抜いて、火之加具土神の首を切り落としまったのでした。

その時、刀の束(つか)に集まって落ちた血から生まれたのが「クラオカミノカミ」ということです。
なんとも壮絶な誕生のお話ですよね~。

この時のイザナミの吐瀉物からも、たくさんの神々が誕生しています。
これついてはこちらを参考にしてみてくださいね。
金山神社 浜松市中区の徳川家康公ゆかりのパワースポットを訪ねる

丹生川上神社下社の御朱印

丹生川上神社下社へのアクセス


>丹生川上神社 周辺のホテル・旅館<

■丹生川上神社下社
奈良県吉野郡下市町長谷1-1
TEL.0747-58-0823

電車・バス
近鉄下市口駅から奈良交通バス 長谷下車、徒歩約1分

「吉野下市のある丹生川上神社下社は神武天皇が神様の教示を受けた場所。現代社会に暮らす人が忘れかけている大切な物を守っている場所なのです。
日ごろの雑踏から離れ、ぜひ一度「丹生の風」を感じに来てください」ということです。
めぐる、しもいち(下市町観光情報)
⇒http://shimoichi-kanko.jp/person/person03.html

●神武天応の東征
橿原神宮 日本のはじまり・建国の聖地を訪ねる