橿原神宮 日本のはじまり・建国の聖地を訪ねる

橿原神宮(かしはらじんぐう)は、奈良県橿原市に鎮座の神宮です。畝傍山(うねびやま)を背景にした広大な敷地に荘厳な社殿があって厳かな雰囲気が漂っていました。

初代天皇「神武天皇」が即位した橿原宮があったとされているこの地に、明治天皇によって明治23年(皇紀2550年)、西暦でいえば1890年に創建されました。
(明治天皇が「橿原神宮創建の民間有志の請願」に感銘を受けたことで創建に至ったそうです)

その後、昭和15年の「神武天皇即位2600年記念」では、延べ121万人余りの勤労奉仕によって橿原神宮を築いてきたという歴史があるそうです。

神宮としての歴史は短いですけれど、ここは「日本の始まりの地」なんですね~。

橿原神宮前駅

「ようこそ、日本のはじまりへ。」の看板が目立ちます。

近くに「しあわせを運ぶ黄色いポスト」がありました。

宮崎市との姉妹都市ということもあって、縁結びの神様としても有名な青島神社(宮崎市青島)近くの海岸にある人気の「幸せの黄色いポスト」にあやかって、姉妹締結50周年を記念して設置されたそうです。

「あなたの大切な人にその思いを届けたい時、ぜひこのポストをご利用いただければ幸いです」というメッセージがあります。

ここから筆文字のハガキ出したらきっとステキな事が起こっちゃうかも~♪

橿原神宮前駅から神宮までは、車で5分もかからない近さです。
奥の方に見える緑の地が橿原神宮です。

橿原神宮へ参拝

橿原神宮 表参道

表参道広場から神宮(南神門広場)へ向かって、大参道が真っすぐに延びています。
両側にあるのは、橿(かし)の並木です。

二の鳥居まで約100mくらいで、そこまで行くともうすぐ神宮っていう感じです。

ただ、今現在はその巨大な鳥居は改修工事で取り外されてしまってないんですよね~。
平成32年に迎える御鎮座130年の奉祝記念事業の一環で、来年11月に新調されるということです。



手水舎

さすがに大きいですね~スゴい!!

南神門

神門も半端なく大きいですね~。
ここをくぐると雄大な外拝殿が見えてきます。

厳かな空気感が漂っている中
外拝殿に
今回は可愛いキャラクターが…♪

七五三のためなんですけど……。
子どもに混じってわたしたちも~笑笑

外拝殿から見る内拝殿
清々しい~

ここで参拝しはじめると急に突風が…くるくる巻いて起こりはじめ、参拝が終わるとピタッと止みました。
なんとも不思議な感覚でした。

内拝殿の奥に、弊殿、本殿と続いています。

本殿は安政2年に建造された元京都御所の賢所だそうです。
明治23年の橿原神宮創建に際して下賜されて移築したということです。

橿原神宮の一部は秋を感じさてくれる紅葉。
そこには爽やかさを感じさせる空気感と、厳かな雰囲気が漂う不思議な感じがする場所でもありました。


橿原神宮 祭神

・神日本磐余彦火火出見天皇(かむやまといわれひこほほでみのすめらみこと)
 神武天皇

・媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめのみこと)
 皇后

神武天皇は古事記では、神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)とも呼ばれています。

天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の曾孫、つまりひ孫ということで天照大神の直系の血筋ということです。
ちなみに皇室の祖神とし天照大神をお祀りしているのが神宮(伊勢)ですね。

45歳の時に東征へ向い、大和国を平定し紀元前660年2月11日に即位して初代神武天皇となりました。

瓊瓊杵尊が高天原から天孫降臨して約180万年後なのだそうです。「皇紀元年」ここから日本の時が刻まれいったんですね~。

神武天皇即位から2678年(平成30年)の現在、125代の今上天皇まで続いているんですね。来年は126代となります。

日本は世界一長く続いている国なんですね~。
神話と現代まで繋がっている国は日本だけということですからもの凄い事だと思います。

ところで、2月11日は何の日だったでしょうか?

そうです、「建国記念の日」の祝日ですよね~♪。

橿原神宮 御朱印

この御朱印は毎年はんこを作っています。
紀元前2678年。こんなのはじめて~ステキです♪

神武東征の概略

橿原神宮を参拝するにあたって、やはりある程度「神武天皇」の背景を知っておくと更に趣のある参拝ができるのはないかと思います。簡単にまとめてみました。

神武東征(じんむとうせい)は、日本書紀や古事記に記載されているお話です。
「イワレビコノミコト(神武天皇)」が、日向(宮崎)を出発して大和(畿内)を統治し、橿原宮で天皇に即位し、日本を建国するまでの約6年の壮大なスケールのお話となっています。

イワレビコノミコトは天照大神の直系の子孫として誕生しました。そして45歳の時に兄たちと共に「大和国・中州」に向けて東征します。

東征の目的
日向の高千穂で、この国の天下を統治するためにはどこへ行くのが一番いいのかと相談したところ東に行くことになりました。

そこは天孫の一人でもある饒速日尊(にぎはやひのみこと)が降臨していたところでもあるので、この国を治める中心となる地として一番ふさわしいと考えたそうです。

そして饒速日尊は瓊瓊杵尊と兄弟という関係でもありました。

東征の最初の頃は順調
海路で日向から宇佐、筑紫、瀬戸内海に入り吉備(岡山)と順調に大和を目指したのでした。

強敵は大阪のナガスネヒコ
大阪に到着し生駒山(いこまやま)を越えて奈良に入ろうとした時に、土豪の長髄彦(ナガスネビコ)が待ち受けていて、壮絶な戦いがあり兄のイセツノミコトが深手を負ってしまったのでした。

イセツノミコトは「自分は日の神の子(アマテラスの子孫)なのに、日に向かって戦ったのが悪かった。

これからは日を背にして戦いをしよう」と言い、南の方から回り込んでナガスネビコと戦うことにしました。
その途中で、イセツノミコトは傷が悪化して亡くなってしまいました。

困難の末に熊野から上陸
イワレビコは東征を諦めずに軍勢を立て直して、紀伊水道を南下して熊野から上陸することにしました。
海路の途中に暴風雨に遭って二人の兄をも亡くしてしまいました。

天照大神の救援
一行が熊野に上陸すると突然、熊野の荒ぶる神の化身とされる巨大な熊が現れ「毒気」を吐いて襲いかかったのでした。
その毒気によって、イワレビコ達一行はみな意識不明となってしまったのでした。

その危機をを救ったのが天照大神で、武甕雷神(タケミカヅチ)を通じてイワレビコ達の救援にあたりました。

その使いとして高倉下(タカクラジ)という人物が太刀を預かり持参しました。その太刀を受け取ると、熊野の荒ぶる神達は退散してイワレビコや兵士達も正気にもどりました。
この太刀は、石上神宮(いそのかみじんぐう)に大切に祀られているそうです。

八咫烏の道案内
この後、さらに陸路を進んで行くのですが、深く険しい熊野の山を越える道が分からなくなって迷ってしまいました。

再び、天照大神の救援で3本足のカラス「八咫烏(やたがらす)」が使わされて東征一行の先導役となり無事に山を越えることができました。

丹生川上での儀式
山岳地帯を踏破した一行は宇陀に入り高倉山に登って中洲を望むと周囲は敵ばかりでした。

そんなイワレビコの夢に天神が現れ「天の香具山の社の土で、平瓦八十枚とお神酒用の瓶を作って天神地祇(てんじんちぎ)つまりあらゆる神々をお祀りしなさい、そして祈りをささげれば、敵は降伏するだろう」という教示がありました。

そして天神の教えた方法通りに香具山で採取した土で祭器をつくり、「丹生川上(にうかわかみ)」で天神地祇(てんじんちぎ)を祭りました。

この地には、「丹生川上神社下社」があります。
丹生川上神社下社 奈良県下市町のパワースポットを訪ねる。

勝敗を占う「祈(うけい)の儀式」は「必勝」という結果でした。向かうところ敵なしというこで、勢いづいて大和に入ったイワレビコは各地の豪族を打ち破っていきました。

宿敵スネナガビコとの戦い
そして最後に残ったのが、あの宿敵スネナガビコでした。スネナガビコを倒さなければ大和を平定できないので東征は失敗になってしまいます。イワレビコは必勝を賭けて決戦に挑んだのでした。

イワレビコとナガスネビコの関係
実はナガスネビコは、先に降臨していた天孫の一人でもある饒速日尊(にぎはやひのみこと)の子孫だったのでした。
つまり、両者とも天孫の一人だったんですね~。

お互いに、天孫である印を示し合って確認しあったということです。しかし、ナガスネビコは引き下がらずにイワレビコを討つと決意してしまいました。

それを知った饒速日尊がナガスネビコに戦いを止めてイワレビコに帰順するよう説得をしました。
何故ならイワレビコと戦えば、必ず天照大神が後ろ盾になり加勢するので絶対に勝てないと分かっているからでした。
負ければ部下達だって殺されてしまうかもしれません。

日本の始まり
しかし、説得に応じなかったため饒速日尊自らナガスネビコを殺して、その部下達を卒いてイワレビコに帰順したことで、遂に大和の地は平定されたのでした。

「人民と国家のために邁進しよう」とイワレビコは宣言し。橿原を宮殿造営の地と定め都が造られました。
そして神武天皇として即位しました。皇紀元年(西暦紀元前660年)日本の始まりとなりました。

※神武天皇の東征ゆかりの神社
■熊野三山の神社(八咫烏など)
>熊野本宮大社<
>熊野速玉大社<
>熊野那智大社<

■神武天皇が通ったとされる熊野奥駆けの道の熊野側玄関口に玉置山があります。
そこには、神武天皇が祀られている玉置神社があります。
>玉置神社<

■丹生川上での儀式の地
丹生川上神社下社

橿原神宮へのアクセス


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■橿原神宮
〒634-8550
奈良県橿原市久米町934
TEL:0744-22-3271
HP⇒http://www.kashiharajingu.or.jp

橿原神宮の開門時間は日の出、日没の間となっています。