諏訪大社 長野県諏訪市上社本宮と前宮を訪ねる(上社前宮編)

諏訪大社(すわたいしゃ)は全国各地に2万5千あるといわれる諏訪神社の総本社で、長野県の諏訪湖の周辺にあって2社4宮で構成されています。

地元では「お諏訪様」とか「諏訪大明神」とよばれて親しまれているんですね~。

上社と下社は諏訪湖を挟んだような位置関係にあります。
■上社 (かみしゃ)
本宮 (ほんみや)・・諏訪市中洲宮山
前宮 (まえみや)・・茅野市宮川

■下社 (しもしゃ)
秋宮 (あきみや)・・諏訪郡下諏訪町武居
春宮 (はるみや)・・諏訪郡下諏訪町大門

諏訪大社は、国内にある最も古い神社の一つとされているそうです。それから前宮を除き本殿と呼ばれるような建物が無いのだそうです。

上社は御山、下社の秋宮・春宮は御神木を御神体として拝しているということです。

あの有名な「御柱祭り」は1200年以上も続いているそうで、山から巨大なモミの木を16本切り出してそれぞれの宮に4本ずつ建てかえるお祀りなんですんね~。

今回は、諏訪大社 上社本宮と前宮を訪ねてみました。
まずは、上社前宮からです。

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諏訪大社 上社前宮

参拝前にボランティアの方が、諏訪の神話を話してくださり、楽しさ倍増でした。
諏訪大社は国内最古級だけあってかなり奥が深いです。

上社前宮は本宮から2Kmくらい離れた位置に鎮座していて、諏訪の祭祀の発祥地とされるそうです。
「前宮」と呼ばれるのは、本宮より「前にあった宮」っていうことで、そう言われているんですって。

御柱にも触れられと聞いて期待一杯で参拝に向かいました。

近くの駐車場にはこんな大きな表示があります。
コレなら分かりやすいですね~♪

駐車場の所にも上社の摂社である「荒玉社(あらたましゃ)」がありました。

解説板によると
「原始農耕の神事としての田の神を降し、稲の御霊をまつる社」ということです。

日本各地には「田の神」は稲作の豊穣をもたらす神として、春になると山から里に下って「田の神」となり、秋には山に帰って「山の神」になるといわれ古くからの信仰されているんですね~。

駐車場から、国道152号線を渡ると大鳥居があります。

溝上社(みぞかみしゃ)

大鳥居をくぐってすぐ右に小さな祠があり高志奴奈河比売命をお祀りしているということです。
ヒスイの女神で、建御名方命(たけみなかたのかみ)の母でもあるんでね~。

諏訪大社上社前宮神殿跡

鳥居をくぐると、「諏訪大社 上社前宮」の碑がありました。

前宮の辺り一体は神原(ごうばら)と呼ばれ、
諏訪大明神がはじめて出現したのがこの地で、“諏訪信仰発祥の地”とも言われるそうです。

掲示板によると
大祝(おおほうり)の居館があって、上社の重要な神事はここで行われたそうです。
上社前宮 内御玉殿(うちみたまでん)、十間廊(じっけんろう)、御室社(みむろしゃ)、若御子社(わかみこしゃ)、鶏冠社(けいかんしゃ)、政所社(まんどころしゃ)柏手社(かしわでしゃ)、溝上社(みぞかみしゃ)、子安社(こやすしゃ)等があるようです。

諏訪大社 上社前宮の拝殿に行く途中にこのような跡地というか聖地があるんですね~。

大祝(おおほうり)っていうのは神職の階級で、古くは神職の名称なのだそうです。
鎌倉時代初期の諏訪神社には大祝、権祝(ごんのほうり)、擬祝(こりのほうり)などの職名があったんだって!!

そして、有員(ありかず)は、諏訪神社上社大祝の祖で、桓武天皇の皇子ともいわれています。

有員は8歳で大祝になったそうです。諏訪大社の大祝は、代々神氏諏訪族の8 ~15歳くらいまでの童男の中から選ばれ元服するまで務めたのだそうです。

大祝は神体と同じとされ、いわば現人神的な存在で居館は「神殿(ごうどの)」と呼ばれたということです。
当時は諏訪地方の政治の中心地だったそうです。

手水舎

若御子社(わかみこしゃ)

諏訪神社の末社で建御名方命と妃神の八坂刀売神(やさかとめのかみ)の子共22人のうち
諏訪の国造りに貢献した13柱が祀られているそうです。

狛犬

二番目の鳥居の前に狛犬がありましたよ~。
凜としてカッコイイです!!


鳥居の先は石段が続いています。

十間廊

いろんな神事を行う場所だそうで、その神事の中でも4月15日の御頭祭りは最も重要な祭りなのだそうですよ。

何でも、かつては鹿の頭が75頭分と山海の幸が奉納されたんだそうです。
「鹿の頭が75頭」っていうのがオドロキ!!

とっても気になっていたのですが、「神長官守矢史料館」でそのオドロキの歴史を知りました。

下の方に、そのことも書いてますから読んでね~笑~




内御玉殿(うちみたまでん)

十間廊の向かい側に建てられています。
諏訪明神の祖霊が宿ると言われた御神宝が安置されていた御殿なのだそうです。
(現在、内御玉殿の宝物は上社本宮の宝物館にあるということです)

かつては、【大祝(おおほうり)が神宝である「真澄(ますみ)の鏡」を胸に飾って「弥栄(やさか)の鈴」を打ち振って民の前にお出ましになったお社】なのだそうですよ。

掲示板には、「諏訪明神に神体なく大祝をもって神体となす」とあります。


御室社(みむろしゃ)

内御玉殿の後側のすぐ近くにあって、そこには凄まじい太さのケヤキの大木もあります。


戦国時代の頃までは、半地下の土室が作られて大祝がここに籠もって穴巣始(あなすはじめ)という冬ごもりをしたのだそうです。

大昔から信仰されていたという、蛇の形をした土着の神といわれる「ミシャグチ神」の御神体と一緒に凄く神秘的な神事を行っていたと伝わっているそうです。

今は残念ながらなくなってしまったということです。

毎年12月22日から3月中旬まで祭祀が続いていたというのですが、どんな神事だったのか、とっても気になっちゃいますね~。


そして次はいよいよ前宮本殿!!

本殿までは少し離れていて、坂道を上っていきます。
途中の景色はこんな感じです。


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上社前宮本殿

諏訪大社下社前宮「水眼(すいが)清流」

本殿の脇に小川があります。とても爽やかさを感じる清流です。
神殿のみそぎの水とし使われていたそうです。

水源は約1Km先にある断層からの湧き水なので、年中の水温は約13℃くらいで一定なんだそうです。
柄杓も置かれていたので、今回は手水舎ではなくここの清流で手を清めました。
自然に流れいるお水がとっても気持ちいいです。


前宮 本殿

前宮本殿は内御玉殿から200mくらい上った所の樹木が茂る中にありました。

最初にも書きましたけど本殿は前宮だけにあって、本宮とか春宮や秋宮には無いんですって。
今の本殿は、昭和7年に伊勢神宮の式年遷宮の時に譲渡された古材で建てられたそうです。

この拝殿の奥に本殿があります。

祭神は八坂刀売神(やさかとめのかみ)
建御名方神の 妃神として全国の諏訪神社にて祀られている女神です。
諏訪固有の神とも言われています。

五穀豊穣、健康長寿や家内安全とか交通安全、商工業の繁栄、開運招福などのご利益があります。
とっても凄いパワースポットの雰囲気が漂っています。

この時になんと!!
たまたま注連縄(しめなわ)の交換のときに立ち合えてしまいました~♪

その時の様子です。
偶然とは思えないようなタイミングでした。

4本の御柱

4本御柱の全部を触れることができるのは、この上社の前宮だけなんですね~♪

神域の四隅に建てられている、御柱は千年以上も続いているそうです。数えで7年目(つまり6年ごと)の寅と申の年に建て替えられます。

それがあの有名な御柱祭(おんばしらさい)なんですね~。

御柱はなんと約長さ17m、直径1m、重さ10トンもあるモミの木で、山から人の力だけで急な坂を引き落とし、川を渡って運ばれてくるんですから凄いです。

このお祀りを見るために数十万人の観衆が訪れるそうです。

上社の御柱は、八ヶ岳山中の中腹にある御小屋山の神社林から運ばれるそうです。

御柱は 1の柱から 4の柱までの4本で、1の柱は 5丈5尺(約 17m)だそうで,2の柱以降は 5尺落ちで短くなるんだって。
魔が入れないように結界を作るためなのだそうです。

4本の御柱をひとつづつ隅々まで周り、たくさんの元気とパワーをいただきました。

上社前宮はところどころに見上げるような大きな木があります。
とっても素朴だけど、力強い自然が感じられました。

前宮の裏側から本宮に向かって山裾に遊歩道があります。
そこには「峰たたえのイヌザクラ」という樹齢200年の古木がありました。
天に向い大きく枝を広げている姿は何とも壮大で強いパワーを感じます。

諏訪には「たたえ」と呼ばれる七本の木があったそうです。

桜、檀、檜、松、栃、柳、そしてこの峰たたえで、古くはたたえの神事が行われて七木を廻ったともいわれているそうです。
残念ながら、今残っているの峰たたえだけだそうです。

この辺りは、とっても神秘的な雰囲気があるのもそんな事からくるのかもしれませんね。

この日はお天気もとっても良くって
気分も最高です♪

神秘的な空間の澄んだ大自然の空気をいっぱい吸い込み、清流の流れる音がやさしく癒やしてくれました。

とても素晴らしい時間を過ごす事が出来ちゃいました♪

この後、諏訪大社 上社本宮へ向かいました。

諏訪大社 上社前宮の御朱印

諏訪大社 上社前宮へのアクセス


■諏訪大社 上社前宮
HP⇒http://suwataisha.or.jp/honmiya018.html
長野県茅野市宮川2030
TEL:0266-72-1606

上社本宮へ向う途中に気になった場所や
面白そうな建物を見つけたのでちょっと立ち寄ってみました。




神長官守史料館・高過庵 空飛ぶ泥舟

神長官守史料館

神長官守矢矢(じんちょうかんもりや)史料館は、「この地で生まれ育った著名な建築家、藤森照信さんのデビュー作」なのだそうです。

屋根から動物の角を思わせるような木が突き出ているというとってもユニークというか奇想天外とも言えるような建物です。

何でも、「諏訪の自然と中世の信仰のイメージを取り込んだモチーフ」なんですって!!

この資料館は、古代から諏訪大社上社の神官だった守矢家の敷地に建てられてて、代々伝わっている古文書などの保管や公開したりしているということです。

守矢家は、諏訪神社上社の神官の一つ「神長官(じんちょうかん)」を中世から明治時代まで勤めてきたのだそうです。

諏訪神社 下社前宮の十間廊の神事「御頭祭(おんとうさい)」の展示もありましたよ。
毎年4月15日に行われる現在の御頭祭は、御贄柱(おにえばしら)という1.5mの木の柱と、鹿の頭の剥製3頭供えられるそうです。

しかし、明治時代以前はかなり違っていたということです。
なんと、鹿の頭を75頭もお供えしたそうで、その中には必ず耳の裂けた鹿がいたそうです。
その他にも、白鷺、白兎、鯉や鮒などの肉や海老、お米などたくさんの種類のものをお供えしたそうです。

ぞの後、飾り立てられた御贄柱に、
紅の着物を着せられた御神(おんこう)と呼ばれる子供がこの柱に縛られのだそうです。

その子を神官が小刀で刺そうとした時、諏訪の国司の使者の乗った馬が現れて止めさせ解放されて祭りは終わりになるのだそうです。

日本の神道では血などは「穢れ」、神社にはかわいい鹿っていうイメージがあったので
これは、かなりのオドロキでしたよ~。

実際には、鹿75頭は困難だったようで下の写真のようにイノシシなのどの獣も混じっていたそうです。

高過庵 空飛ぶ泥舟

神長官守矢史料館の野原に面白い建物というか不思議なものがあります。
茶室「高過庵(たかすぎあん)」と「空飛ぶ泥舟」

茶室「空飛ぶ泥舟」
ふわりと浮いてる感じの茶室
揺れそうだけど気持ちよさそう♪

入ってみたい気もするけど
年一度の公開日以外は中に入ることはできないそうです。

でも、入る時はどうやって??
ほんと、なんとも不思議~笑笑~

茶室「高過庵」は、地上から6mくらいのところに、小さな庵があるという謎の茶室です。


何でも米誌Timeの「世界でもっとも危険な建物トップ10」に選ばれたんですって!!
スッゴい名誉がある「危険な建物」なんですね~笑笑~

ちなみに、一位はあの有名なイタリアのピサの斜塔なんだそうです。

御頭御社宮司総社(おんとうみしゃぐちそうしゃ)

神長官守矢資料館の近くにあって、小さな社が諏訪湖に向かうような感じで鎮座していました。
ここが各地にあるという、ミシャグジ信仰の総社なんだそうです。

ミシャグジって呼ばれる精霊がいて、その信仰は東日本の広域にあるそうです。

元々は、石や樹木に神霊が寄りついたものとか、狩猟の神、そして蛇の姿をしている神とかその地方によって違うみたいです。
でもどんな素性なのかはよく分からないそうです。

大自然のエネルギーなのではないかとも言われているようです。

諏訪の場合は、建御名方神 (たけみなかたのかみ)が出雲より訪れたとされる前からミシャグジの神事があったそうです。

神長官(じんちょうかん)は、諏訪大社の筆頭神官で守矢氏が明治の初めまで務めていたそうです。

出雲からやってきた建御名方命の子孫の諏訪氏は大祝(おおほうり)として、地元のミシャグジ神の統括をしていたとされる守矢氏は神長官の位となって共存していたとも言われているようです。

諏訪大社に纏わる地域や歴史は相当奥が深いです。
知れば知るほど、わからない事が増えていってしまいます。





北斗神社(ほくとじんじゃ)

下社前宮から本宮へ向かう途中にあった神社です。
諏訪大社本宮の近くにあって、
なんといっても一直線に延びる200段の石段が有名なんですね~。

最大傾斜角度45度、長さは160メートルだって!!
まさに天空へ登るような階段ですね。

中途半端な気持ちでは絶対登れませんよね~笑笑~

ご祭神は天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)です。

天地開闢(てんちかいびゃく)に関わった五柱の神様の一柱ですね~。
天御中主神は宇宙の根源の神、宇宙そのものとも言われています。

北斗神社へのアクセス


■北斗神社
〒392-0015 長野県諏訪市中洲

次は「諏訪大社 上社本宮」へと続きます。
諏訪大社 長野県諏訪市上社本宮と前宮を訪ねる(本宮編)

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