難波八阪神社 巨大な獅子殿で知られる大阪市のパワースポットを訪ねる

難波八阪神社(なんばやさかじんじゃ)は大阪市浪速区に鎮座の神社で、スサノオ命をお祀りしています。

第71代後三条天皇(1068~1073)の時代、祇園牛頭天王をお祀りする神社として知られていたそうです。
祇園午頭天皇は京都八坂神社の祭神(スサノオと同神とされる)でもあります。

「やさか」の漢字が京都は「八坂」ですが難波は「八阪」となっていますので間違えないでね~笑~

難波八阪神社へ参拝

難波八阪神社の参道

場所は大阪市の市街地ということもあって、南海電鉄やJR、阪神電鉄の難波駅とか市営地下鉄のなんば駅など最寄りの駅がいくつもあります。
そしてすぐ近くというとってもアクセスのいいところです。

この神社は縁結びの祈願としても人気のスポットで、恋愛成就を願う人達がたくさん訪れているんですよ~。

参道は大きいのは東と南にあって、南側参道はまっすぐに本殿へ向かっています。
下の写真は東側から入る参道で、鳥居の正面からは巨大な獅子殿がまっすぐ見えます。

こちらは西の参道で、右奥に獅子殿の後ろ側がちょっぴり見えます~笑

ちなみに南側参道はこんな感じです。

ここの神社は昨年から毎月早朝掃除に行っているので、とっても親しみがあるんですよ~。

手水舎
「自動手水」って書いてあります。

蛇口に柄杓(ひしゃく)を近づけると水が出てくるんですね~。
都会の中にあるので節水も必要なのかも~笑

難波八阪神社 拝殿・本殿

現在の本殿は昭和49年に再建されたそうです。

スッキリとした感じがステキで、どことなく都会的な雰囲気を感じます。

獅子殿

がばっと口を開いて吠えている

デカい獅子頭

何度見てもスゴい!!

難波は元々、獅子を祀る事によって厄を祓ったりとか豊年を祝ったり祈ったりすることが昔から習わしとしてあったそうです。

それが元になって、大阪の人達も驚くような獅子頭の神殿を建てたのだそうです。

なんと高さ12m、幅11mで奥行きも10mのデカさ!!
さらに目からはライトが光り、鼻はスピーカーになってるんですよ~スゴい!!

こんなの建てるのってやっぱり大阪ですよね~笑

この大きな口で勝利を呼び込み、邪気をのみ込んでくれるそうですよ~。
人々に幸福をもたらしてくれる頼もしい獅子頭なんですね~♫

獅子頭の口の中が舞台になっているんですよ~。

今回たまたま毎年一月第三日曜日に行われる綱引神事の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に見立てた綱がありました。

八岐大蛇というのは日本神話に出てくる、一つの胴体に8つの頭、8つの尾を持つ巨大な大蛇です。
スサノオがその大蛇を退治して、食べらてしまいそうになっていた奇稲田姫(クシナダヒメ)を救って妻にするという神話があります。

その退治した大蛇の尻尾から出てきのが天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)です。

その剣は天照大神(あまてらすおおみかみ)に奉献されて、日本の歴代天皇が継承している三種の神器の一つとなったということです。

難波八阪神社とても地元に愛されている神社で行事もたくさんあります。
その中の一つ、節分祭のお手伝いに行ってきました~♪


たくさんの人出があって凄い盛り上がりです♫

難波八阪神社の摂社や記念碑

神社内にはいろんな祈念碑とか摂社があります。

殉国慰霊碑(じゅんこくいれいひ)

国のために命を捧げた人達の碑ですね。

戦艦陸奥主砲抑気具記念碑

簡単に言えば戦艦陸奥主砲の蓋、つまり大砲の蓋(ふた)が記念碑になっているんですね~。

戦艦陸奥は1920年に横須賀で建造されたのですが、その後に広島の沖で原因不明の爆発で沈没して990名が犠牲になったそうです。

どうして、ここの神社が選ばれたのかはわかりませんが、引き上げられた部品の一部がその犠牲者の霊を弔う意味で全国各地で祀られているのだそうです。

難波八阪宮趾

東側鳥居のすぐ近くにあります。
難波八坂神社は「古来難波下の宮と称し、難波一帯の産土神(うぶすなのかみ)でした」と言うことなので、ここがその跡なんでしょうかね~。

石碑には「宮跡」としか書かれていないのでハッキリとした事は分かりませんでした。

難波八阪神社 摂社

難波八阪神社のHPによりますと
豊国稲荷大明神、三宝荒神社(かまどの神)、市杵島姫神社(市杵島姫神、大物主神)、皇大神社(天照皇大神、猿多彦大神)があります。

稲荷神社以外は社が無いのですが、左からこんな感じで4つ並んでいたみたいです。
(立て替え中なんでしょうかね~?)

豊国稲荷大明神は豊臣秀吉が祀られているそうです。

摂末社 篠山神社

江戸時代に、この地に青物市場に尽力した篠山十兵衛景義に住民が感激して威徳を貴び感謝し奉祭して建てられた神社だそうです。

難波八阪神社の祭神

難波八阪神社はいつ頃に創建されたのかは、はっきりしないそうで社伝よると「難波下の宮」と呼ばれる産土神(うぶすながみ)だったのだそうです。

初めにも書きましたが、延久年間(1069年~1073年)の頃は牛頭天王(ごずてんのう)祀った神社として知られていたそうです。
牛頭天王は神仏習合によりスサノオ尊と同神とされていたようです。

その後、明治維新後の神仏分離で祭神は「スサノオ尊」になったということです。

獅子殿と呼ばれる素盞嗚尊の荒魂を祀る獅子頭の形をした大きな舞台が有名です。

●素戔嗚尊(すさのおのみこと)

最初は、高天原の秩序を乱す乱暴な神として登場し、姉の天照大神の地位をも脅かす存在でもあったんですね。

あまりにも乱暴狼藉を働くために高天原を追放されてしまいます。

その後、出雲に降りてから乱暴者からスーパーヒーロー的な存在に変わっていきました。

詳しくはこちらで⇒>>素戔嗚尊<<


●奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)

高天原を追放されたスサノオが、娘がヤマタノオロチという大蛇にもうすぐ食べられてしまうと泣いていたアシナヅチとテナヅチ夫婦と出会いました。

その娘がクシナダヒメで、話を聞いて哀れに思うと同時に愛おしくなりました。

クシナダヒメと結婚する事を条件にヤマタノオロチを退治すると申し出ました。スサノオがアマテラスの弟と知ったアシナヅチ夫婦は喜びました。

クシナダヒメはスサノオの神通力で櫛に変わり、スサノオの髪に挿し込まれて将来の夫と共にヤマタノオロチと戦って見事に勝利したのでした。

その後、スサノオとクシナダヒメは須賀の地に宮殿を建てたということです。宮殿は島根県雲南市の須我神社になったと伝えられているそうです。
アシナヅチとテナヅチは大山祇神の子共とされています。

●八柱御子命(やはしらのみこのみこと)

高天原に行った時に、高天原を奪いに来たと疑ったアマテラスに対して疑いを解くためにスサノオが誓約(うけい)をした時に生まれた神様たちが祀られていました。
誓約というのは古代の占いのようなものということです。

・天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
・天穂日命(あめのほひのみこと)
・天津日子根命(あまつひこねのみこと)
・活津日子根命(いくつひこねのみこと)
・熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)

宗像三女神
スサノオの剣をアマテラスが噛み砕いて吹き出した息の霧から生まれた、とても美人の三姉妹の神様です。
・多紀理比売命(たぎりひめのみこと)
・多岐津比売命(たぎつひめのみこと)
・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

難波八阪神社 令和元年五月一日の御朱印

難波八阪神社へのアクセス


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■難波八阪神社

〒556-0016 大阪市浪速区元町2-9-19
TEL.06-6641-1149
HP⇒https://nambayasaka.jp/

以下はHPの情報です。
大阪メトロ 御堂筋線・四つ橋線 ナンバ駅より約6分
大阪メトロ 御堂筋線・四つ橋線 大国町駅より約7分
南海難波駅 より約6分