諏訪大社 下社秋宮 長野県下諏訪町のパワースポットを訪ねる

諏訪大社は長野県の諏訪湖周辺にある4つの独立した宮で1社が構成されているというちょっとユニークともいえる神社なんですね~。

全国に約25,000社あるといわれる諏訪神社の総本社で、「お諏訪さま」「諏訪大明神」などと呼ばれたりして親しまれています。

そして日本最古の神社の一つといわれているそうです。

その中の、諏訪湖北岸に鎮座しているのが下社(しもしゃ)で、秋宮・春宮の二つの宮からなっていて御霊代(みたましろ)が2月と8月に秋宮と春宮を遷座します。

ここは毎年8月~翌1月に祭神が祀られているので、「秋宮」とよばれているんですね~。

諏訪大社 下社秋宮へ参拝

下社秋宮の境内入口 鳥居

神社の境内までくると、空気感がとても神秘的です。

参道の途中に斎館側の駐車場からの参道があって、しめ縄鳥居がありました。

このあたりは温泉の湧出地なので、この鳥居から出た先に御神湯と書かれた温泉の手水があります。

下社秋宮の神楽殿と大しめ縄

神楽殿前の青銅の狛犬は1.7mの大きさがあるそうです。力強い感じがいっぱいでカッコイイです!!
青銅製では日本一と言われるそうですよ~。

神楽殿は神様に舞や雅楽奉納したり、祈願をする建物です。
大きな注連縄(しめなわ)が目を引きます。

出雲大社にもこのタイプの大注連縄があります。
祭神の建御名方神(タケミナカタノカミ)は出雲大社の大国主の子なのでそうなっているんでしょうね~

しめ縄の新調は御柱祭の前年にだけ行うということです。ということは7年目ごとになりますよね~。

しめ縄は長さ7.5メートル、直径が最大で1.4メートルほどだそうで約2500本のわら束が使われているということです。

今までは、約1トンの重さがあったそうですけど、重要文化財でもある神楽殿の負担を減らすために約800キロに減量したそうです。

縄の製作には延べ250人かかり、最後は早朝から下社の氏子でつくる「諏訪大社大注連縄奉献会」の約50人がクレーン車などを用いて、直径約70センチの大きな綱2本をより合わせたということです。
縄の下にも長さ1mくらいの円すい形の房が3つけられ、完成までは日没までかかったそうですから、さすが大しめ縄ですね~。

諏訪大社 下社秋宮 弊拝殿

弊拝殿だけで本殿が無いという、古い神社の形式を現代にもとどめているのが特徴です。

幣拝殿の奥には宝殿があって、その奥に御神木の「一位の木(イチイ)」が祀られています。
地元のガイドさんの熱心なお話が分かりやすくってステキです♪

諏訪大社は奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)と並ぶような古い時代の祭祀形態なのだそうです。
参考⇒大神神社 奈良県桜井市のパワースポットを訪ねる

宝殿は諏訪大神の御霊代を祭る建物で東宝殿と西宝殿の2棟あって御柱祭ごとに交互に建て替えをします。

そして、新しい御宝殿に遷る神事を宝殿遷座祭といいます。遷座の儀は、御柱の里曳き前夜に行われるそうです。

社殿の形式は春宮と同じで、地元を代表する2大派の大工が腕を競い合って建てたのだそうです。
流派の面目がかかっていただけに、それぞれの流派の特徴ある華麗な彫刻が素晴らしいです。

下社秋宮 御柱 一の柱

御柱は樅の木(もみのき)が使われています。大きな柱は、長さが18m、重さは10トンくらいはあるそうで八島高原の近く東俣から約10キロの道のりをコロや車などを一切使わずに人の力だけで曳き出します。

祭りの3年前から柱になる木の選定とか準備が始まるそうです。
曳き子は下社関係の氏子で、山出し3日、里曳き3日を掛けて運んでくるということです。

山だしには、急な坂を曳き子が乗って下る木落しが勇壮な行事があります。
観衆がたくさんあつまり入場が制限される事もあるくらいだそうですから凄い人出なんでしょうね~。

4本の御柱が神域を囲むように建てられていて、一の御柱は五丈五尺(16,7m)で二の御柱は五丈というふうに五尺ずつ短くなっているのだそうです。

諏訪大社 下社秋宮の御祭神

●建御名方神 (タケミナカタノカミ)

オオクニヌシ命の子でアマテラス大神より国譲りの命を受けてやってきた武神のタケミカズチ命に最後ま抵抗した神様です。

それならば力くらべをしようではないかということで、力くらべが始まったが敗れてしまい、ここ諏訪湖に逃れてきたということです。
そしてお祀りされたのが諏訪大社です。

タケミナカタは諏訪の地で軍神となり、民に力と勇気を与えました。
鎌倉時代の源頼朝や戦国時だの武田信玄などに代表されるような多くの武将から崇敬されてきました。

もっと知りたい⇒》お諏訪さま・建御名方神《

●八坂刀売神 (ヤサカトメノカミ) (主祭神)

建御名方神の妃神で共に祀られていますが、下社の主祭神は八坂刀売神とされているそうです。

八坂刀売神が建御名方神と喧嘩をして下諏訪に移った時に、上社から湯を含ませた化粧綿(湯玉)を持って向かった時に、途中でこぼれ落ちた雫のところから上諏訪温泉が湧いたということです。
そして下諏訪で湯玉を置いたところ温泉が湧き出して下諏訪温泉となり「綿の湯」と名付けられたそうです。

妃神が居なくなってしまい、建御名方神は寂しくなって夜にこっそりと湖を渡って会いに来るようになったそうです。

諏訪湖が氷っている時期には、その氷に亀裂が走り大音響と共に50cm~1mもの高さでせり上がる時があります。それは湖岸から湖岸まで数kmに渡るそうです。

それは下社の女神に逢いに行ったからと古来より信じられ「御神渡り」と呼ばれるそうです。
なんかちょっとステキなお話ですね~。

●八重事代主神 (やえことしろぬしのかみ) – 合祀

建御名方神の兄神です(オオクニヌシ命の子神)
詳しくはこちら⇒》事代主神(コトシロヌシ)《

諏訪大社 下社秋宮の御朱印

諏訪大社 前宮・本宮・秋宮・春宮へのリンク

諏訪大社 上社前宮
諏訪大社 上社本宮
諏訪大社 下社秋宮
諏訪大社 下社春宮

諏訪大社 下社秋宮へのアクセス


宿泊情報⇒》下諏訪温泉の温泉旅館・ホテル《

■諏訪大社 下社秋宮
〒393-0052 長野県諏訪郡下諏訪町5828
TEL 0266-27-8035
HP⇒http://suwataisha.or.jp/akimiya.html
JR下諏訪駅より約0.8Km

諏訪湖周辺 おまけ情報

金刺盛澄(かなさしもりずみ)像
諏訪大社 下社秋宮近くに金刺盛澄の像があります。

平安時代後期の諏訪大社下宮の大祝(おおほうり:諏訪神社の神職)ですが、武士でもあって弓馬の達人と伝えられているということです。

平家の家人でもあったことで、源頼朝によって捕縛され盛澄は処刑されそうになっていました。

しかし、弓術の名手として有名だったことでその技をもって源頼朝に処刑されるのを免れたという逸話があります。

遠くの有賀峠の景色がステキです。
4月に入ったのに雪でした~寒かった~笑~

諏訪湖エリアは空気が綺麗ということで、東洋のスイスとも呼ばれるんだって!!

だからオルゴールとかセイコーの時計などの精密機械が有名なんですね~。

そして、こんなステキな「すわのね」っていうオルゴールミュージアムもあります。