諏訪大社 下社春宮 長野県下諏訪町のパワースポットを訪ねる

諏訪大社は諏訪湖近くにある「上社前宮、上社本宮、下社春宮、下社秋宮」の4つの宮ので構成された神社で、全国に約25,000社あるといわれる諏訪神社の総本社でもあります。

下社春宮(はるみや)は下諏訪町に鎮座していて、秋宮からは北西約1.2kmの位置関係にあります。

春宮と秋宮は祭神が遷座します。そして2月-7月に祭神が祀られているので「春宮」と呼ばれているそうです。


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下社春宮 下馬橋

諏訪大社で最古の建造物で室町時代に造営されたそうです(1730年代の元文年間に修築)
長さ10mで幅3mほどの橋で銅瓦葺の屋根がかかっています。昔はこの橋のところで下馬して参拝していたということです。

年二回、遷座祭とお舟祭の時に御霊代を運ぶ神輿がここを渡るそうです。

ここの道路はかつては春宮の専用だったそうで、下社の大祝(おおほうり:諏訪神社の神職)でもあった金刺一族や武士達が流鏑馬を競ったところでもあったそうです。


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諏訪大社 下社春宮へ参拝

下社春宮の大鳥居

御影石の大鳥居は、諏訪大社最古の石造物ともいわれているそうです。

左手前に手水舎がありますが、道路脇なのでつい素通りしそうになります~笑~

鳥居の奥に見えるのが拝殿ではなく神楽殿です。

下社春宮 結びの杉

神楽殿の右手にしめ縄のかかった大きな杉の木があります。

説明版によると
「この杉の木は先で二又に分かれいるが根元が一つになっていることから縁結びの杉といわれています」

ふたつのものがひとつに結ばれるって意味合いがあるんでしょうね~。

下社春宮 神楽殿

秋宮と同じように巨大なしめ縄がある神楽殿で、弊拝殿の正面にあるのが特徴的ですね~。

下社春宮 弊拝殿

社殿の配置は秋宮と同じで、正面に神楽殿があってその奥に弊拝殿、左右片拝殿及御宝殿となっています。

春宮のご神体は御神木の「杉」で、古代の信仰の形が現代まで伝わっています。

下の写真ですと、左が弊拝殿で右側が片拝殿になります。

社殿の建替は、春宮と秋宮とも同じ絵図面だったそうなので、大きさに違いはあるけど構造は全く同じなんだそうです。

それぞれ請け負った宮大工の流派の面目がかかっていたということです。
ですから特に彫刻によって技が競われたこともあって、華麗な彫刻は今にも飛び出してきそうな感じでとても素晴らしいです。



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筒粥神事(つつがゆしんじ)

粥を用いて1年の吉凶を占う粥占(かゆうらない)は、各地の神社で祭礼として行われるそうです。
諏訪大社下社春宮では、筒粥(つつがゆ)神事と呼ばれる粥占いが1月15日に行われます。

筒粥神事は、神楽殿近くにある筒粥殿と呼ばれる小さな建物の中で行われます。
神職により1月14日夜から大釜の「あずきがゆ」のなかに、束ねたヨシの茎を四十数本いれて夜通し炊きあげます。

翌15日の朝に神前にそなえ、祭典をおこないヨシを割って、中に入った粥の分量や状態で所定の農作物の出来具合や世の中の吉凶を占うのだそうです。

今年、平成31年-令和元年(2019)の筒粥神事の結果が掲示されていました。

諏訪大社 下社春宮のご祭神

春宮は毎年2月-7月にご祭神が祀られています。

●建御名方神 (たけみなかたのかみ)

詳しくは⇒》お諏訪さま・建御名方神《

●八坂刀売神 (やさかとめのかみ) (主祭神)

●合祀
八重事代主神 (やえことしろぬしのかみ)

ご祭神については、下社春宮を参考にしてください。
》諏訪大社 下社秋宮 長野県下諏訪町のパワースポットを訪ねる《

春宮境内社

■摂社

・若宮社
祭神:御子神13柱
建御名方彦神別(たけみなかたひこがみわけ)命、伊豆早雄(いずはやお)命、妻科比売(つましなひめ)命、池生(いけのお)神など13柱


■末社

・上諏訪社
祭神:建御名方神(上社祭神)


・子安社

祭神:高志沼河姫(こしのぬなかわひめ)命
建御名方神の母神とされています。

・浮島社
祭神:祓戸大神(魔や汚れを祓う神様)

諏訪大社 下社春宮の御朱印

諏訪大社 前宮・本宮・秋宮・春宮へのリンク

諏訪大社 上社前宮
諏訪大社 上社本宮
諏訪大社 下社秋宮
諏訪大社 下社春宮

諏訪大社 下社春宮へのアクセス


宿泊情報⇒》下諏訪温泉の温泉旅館・ホテル《

■諏訪大社 下社春宮

〒393-0092 長野県諏訪郡下諏訪町大門193
HP⇒http://suwataisha.or.jp/harumiya.html

慈雲寺(じうんじ)・おまけ情報

慈雲寺は、下社春宮の近くで歩いて5分位のところにあります。

開山は鎌倉時代の1300年ということですから、歴史ある臨済宗の禅寺なんですね~。

当時、諏訪大社下社大祝(おおほうり:神官)で武士だった金刺満貞公の願いにより開山されたお寺だということです。

境内には素晴らしい日本庭園があります。桜の木や松の木を手入れは、京都から庭職人を招いて行っているそうです。