吉野神宮 後醍醐天皇と奈良のパワースポットを訪ねる

吉野神宮は以前にも書いてるから2回目なので、前回よりちょっと詳しく紹介してみたいなと思います。
・前回の記事はこちら⇒》吉野神宮 奈良県のパワースポットを訪ねて《

ここは桜で有名な奈良吉野町にある神宮です。祭神は後醍醐天皇で建武中興十五社の一社となっています。

比較的新しい神宮で、明治22年(1889)に明治天皇により創建されました。

建武中興十五社っていうのは、後醍醐天皇のために尽力した「南朝側の皇族や武将」などを主祭神としている15の神社のことなのだそうです。

その建武中興(建武の新政)というのは、鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇が、これまで武家中心だった社会を、天皇中心に戻して行った新しい政策です。

そのような事からすると、明治維新で江戸幕府から実権を取り戻した明治天皇にとって、吉野神宮は意義深いものがあるんでしょうね~。

吉野神宮 参拝

一般的な神社は南向きに建てられているのですが、吉野神宮は北向きに建てられているんですね~。

病に伏せった後醍醐天皇はこんな歌を残して亡くなりました。

「身はたとへ南山の苔に埋むるとも魂魄は常に北闕の天を望まん」

このように強い思いを残して吉野で崩御された後醍醐天皇のために、本殿・拝殿・神門は京都の方角の北に向けて建てられているのだそうです。

大鳥居と狛犬

素木( しらき )で造くられた明神鳥居は、幅6.4mで高さ約6mとかなりの大きさです。
大きく反った笠木など堂々とした感じがする立派な鳥居です。

鳥居の前には勇ましい感じの狛犬が!!
遠吠えを思わせる姿は何とも力強いですね~。

手水舎

かなりの大きで重厚な手水舎ですが、形はシンプルでスッキリですね~。

神門

切妻造りの神門はシンプルで落ち着きがあっていい感じです。

吉野神宮 拝殿

本殿や拝殿などは全て檜造りで、近代の代表的な神社建築でもあるそうです。

吉水神社に祀られていた後醍醐天皇の御尊像が、550年を経て吉野神宮の本殿に遷座されたということです。

この天皇像は、南朝二代目の後村上天皇(ごむらかみてんのう)が彫ったものと伝えられているそうです。


摂社三本殿

拝殿右には、摂社三本殿と呼ばれる後醍醐天皇を支えて南朝方で活躍した忠臣を祀っている社殿があります。
奥に御影神社・船岡神社・瀧桜神社が並んでいます。



ところで、神社を歩いていると「ハート形」の文様を見かけないですか~。
こういうのです。

写真では、破風板に吊り下げてある懸魚(げぎょ)と呼ばれる部分にありますが、意識して見ると扉や窓などの金属の飾りや色々な所で見かける事ができます。

実はこの「ハート形」は、日本の伝統的な文様で「猪目(いのめ)」と呼ばれています。

飛鳥・奈良時代ころからあるということなので、とても古くからある文様なんですね~。

「魔を祓い、福を招く」といわれているので意識して探してみるといいと思います。きっとたくさん見つかると思いますよ。

吉野神宮の祭神

祭神
後醍醐天皇(ごだいごてんのう)

後醍醐天皇は鎌倉末期から南北朝初期の第96代天皇であり、南朝の初代天皇でもあります。

当時の天皇は持明院統と大覚寺統のニつの血筋が天皇の位について争っていて鎌倉幕府の調停で交互に天皇の位に就くという取り決めがあった時代です。

後醍醐天皇は自ら采配を振る政治をしたかったため、倒幕の画策を練っていました。
しかし、それが幕府に漏れてしまって隠岐へ流されてしまいました。

その後、鎌倉幕府に不満があった武士達が倒幕に立ち上がりました。

その中に有名な武将の楠木正成(くすのきまさしげ)、足利尊氏(あしかがたかうじ)、新田義貞(にったよしさだ)らがいました。
その武将達の活躍もあって鎌倉幕府を倒す事に成功したんですね~。

後醍醐天皇は念願の「建武の新政」とい政治を始めました。

しかしこれは天皇中心の政治なので鎌倉幕府を倒すために戦った武士達には、恩賞が不十分なため不満がたまっていって心が後醍醐天皇から離れていってしまったのでした。

やがて足利尊氏が起こした反乱に敗れてしまい後醍醐天皇は吉野に逃れて、「南朝」とよばれる朝廷が開かれました。

それに対して足利尊氏は、持明院統から光明天皇を擁立して征夷大将軍に任じられ室町幕府を開きました。

これによって南朝と北朝に分かれた「南北朝時代」が56年間続いていきます。

後醍醐天皇は、南朝が開かれた3年後に、京都に帰りたいと強い思いを抱いたまま病死してしまったのでした。

南朝二代目となった後村上天皇(ごむらかみてんのう)により、吉水院(きっすいいん)で仏式の供養が行われていました。

しかし、明治時代になり神仏分離令により、後醍醐天皇をお寺に安置できなくなってしまいました。
そのため、吉水院を吉水神社と改称してとりあえず形は保たれました。

その後、後醍醐天皇をお祀りするために明治天皇によって吉野神宮が創建されて、吉水院から後醍醐天皇が遷座されました。

吉野神宮へのアクセス



■吉野神宮

〒639-3115 吉野郡 吉野町吉野山3226
tel 0746-32-3088

拝観時間 : 午前8時30分~午後5時
吉野神宮 駐車場 : 無料 (午前8時30分~午後5時)駐車台数 普通車100台
但し、4月1日~4月下旬までは大型バス11台 普通車7台になるようです。
アクセス : 近鉄吉野神宮駅より駅前の大鳥居を通って徒歩約20分程度(約1km)
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●吉野神宮はこちらにも記事があります
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