伊勢神宮の皇大神宮(内宮)正宮と荒祭宮を訪ねる

伊勢神宮(いせじんぐう)は三重県伊勢市にあって、正式には単に「神宮」と称されます。
ただ、他の神宮と区別する目的もあって一般的には「伊勢神宮」と呼ばれています。

普通に親しみを込めて「お伊勢さん」「大神宮さん」と呼ばれる事も多いと思います。

神宮は内宮(ないくう)外宮(げくう)、その他に14所の別宮(べつぐう)、摂社、末社。所管社があり、合計でなんと125の宮社があります。

それらを全部含めたのが「神宮」ということになります。

内宮と外宮は5Kmくらい離れているので、その間はバスや車で移動する人が多いようです。


内宮は、皇大神宮(こうたいじんぐう)とも呼ばれ「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」をお祀りして2000年の歴史があります。

天照大御神は、日本人の生活に最も深く浸透している神で、日本の総氏神ともいわれています。

天照は文字通り、天に照り輝いている太陽を意味していて、日本の皇室の祖神でもあります。

外宮は豊受大神宮(とようけだいじんぐう)とも呼ばれ、衣食住を始め産業の守り神とされる「豊受大御神」がお祀りされています。

外宮が創建されたのは第21代雄略天皇の時で、天皇の夢に天照大御神が現れて「私一人では寂しい、食事も安らかにとれないから豊受大神をそばに呼んでほしいと」と託宣したそうです。
そのことによりこの地に祀られたのだそうです。

今回のお伊勢参りは、立志会のイベントで伊勢青少年センターに宿泊して水行と、内宮への正式参拝をしてきました。

皇大神宮(内宮)参拝

宇治橋と鳥居

神宮の表玄関に当たる鳥居をくぐって、五十鈴川に架かった橋の宇治橋を渡っていきます。
橋の長さは約100mあるそうです。


この地はいつ来ても静閑な趣きです。五十鈴川の清らかな流れと景色がとても素晴らしいですね~。

水行は五十鈴川で夜に行われました。

神苑(じんえん)

ここの右側に大正天皇のお手植えの松があります。この辺りまでくると、張り詰めたような空気感に変わってくるのを感じます

さらに玉砂利をザクザクと踏みしめながら進んで行きます。

踏みしめる音がどことなく心地いいです。この音は心を清めて精神をより良い状態に持っていってくれるのだそうです。

手水舎

神苑を通り過ぎて、火除橋をわたると手水舎があります。とてもシンプルです。
でもさすが大きいですね~、

この手水舎以外にも、少し先に石畳を敷き詰めた五十鈴川御手洗場があって、ここでもお清めができます。

五十鈴川の澄んだ流れはとても素晴らしく心身ともリフレッシュできますよ。

第一の鳥居

神宮は、注連縄(しめなわ)がなくって、「榊(さかき)」が用いられています。

「境(さかい)になる木」という意味もあって、鳥居やお宮の垣根に飾らています。

第二の鳥居をくぐって、神楽殿の前を通って正宮へと進んでいきます。

四至神(みやのめぐりのかみ)

四至神は神域の守護神で、四方の境界を守護しているのだそうです。

小さな石段が2段あって、その上に石神として祀られています。磐座(いわくら)祭祀のかたちなんですね~。

正宮(しょうぐう)

ここが「天照大御神」がお祀りされている神殿です。10本の鰹木に4本の千木は内削ぎ(水平に切られている)です。

写真撮影は、石段の下からのみ許可されています。

板垣の中はとても神聖な場所ということと、神前は「心静かにお参りをするためだけの場所」ということなんですね~。

古事記などの神話によると、天孫・ニニギノミコトが高天原から地上を統治するため降臨する際に天照大御神は「三種の神器」を授けました。

その中の一つに八咫鏡(やたのかがみ)があって、「この鏡は私と思って祀りなさい」と天照大御神自身の神霊を込めました。

この八咫鏡がご神体としてお祀りされ、歴代天皇に受け継がれているということです。

それから、天照大御神は「あなたはこの国の君主として自覚をもって、この国を天地ある限り永遠に治めなさい。」と祝福されました。このお言葉が「天壌無窮の神勅」です。
現在もその言葉の通り、皇室が続いているんですね~。

祭神:天照大御神

詳しくはこちらで⇒》天照大神《

皇大神宮別宮 荒祭宮

荒祭宮(あらまつりのみや)は、内宮に所属する十別宮のうち、第一に位しているということです。
殿舎も他の別宮よりも大きくて、正宮に次ぐ大きさなのだそうです。

祭神
天照坐皇大御神荒御魂(あまてらしますすめおおみかみのあらみたま)

荒祭宮は天照大御神の荒御魂(あらみたま)が祀られています。
これは神の荒々しい御魂で、荒ぶる魂・勇猛果敢なのですが、時にはそれが災いを引き起こすこ事もあります。

伊勢神宮 内宮の御朱印

皇大神宮(内宮)へのアクセス


宿泊情報⇒》伊勢神宮・内宮 周辺のホテル・旅館《

■伊勢神宮 皇大神宮(内宮)
〒516-0023 三重県伊勢市宇治館町1
HP⇒https://www.isejingu.or.jp/

伊勢市 おはらい町

私たちが宿泊したのは伊勢神宮皇大神宮(内宮)の鳥居前の近くにある「公益財団法人修養団 伊勢青少年研修センター」です。
みがく講習会などいろいろな講習会などが行われています。

その近くにあるおはらい町は宇治橋から五十鈴川に沿って約800mの石畳の通りなんですよ~。
昔からの妻入り様式の町並がレトロ感いっぱいです。

(妻入りっていうのは、切妻造や入母屋(いりもや)造等の建物で妻の側を正面として出入口があるんですね~。)


伊勢うどんとか手こね寿司、赤福や伊勢茶などを販売するお店が並んでします。
雰囲気たっぷりの街並みをのんびりと散歩するのもステキですね~♪

編集後記 ちょっとひとこと

ニニギノミコトは猿田彦神を道案内として、たくさんの神を従え、高天原から九州日向の高千穂に降臨(場所は諸説あるようですが)されました。

初代の神武天皇はニニギノミコトの3代先の子孫、天照大御神からすると5代先の子孫にあたります。

天孫降臨の先導を終えた猿田彦神は、伊勢の五十鈴川の川上に帰りました。
この時、ニニギに仕えていたアメノウズメがサルタヒコの妻になりました。

猿田彦神は伊勢の大地主だったので、その子孫の大田命(おおたのみこと)は天照大神を祀る地を探していた倭姫命に五十鈴川の川上一帯を献上したとされています。

伊勢市二見町江には、夫婦岩の沖合約700メートルの海中に沈んでいる「祭神・猿田彦大神」ゆかりの興玉神石(おきたましんせき)を拝する二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)があります。

興玉神石は巨大で東西216m×南北108mあるそうです。天孫降臨の際に猿田彦大神が立たれたとも伝わっているということです。

太陽と海の景色が素晴らしく、遠くには富士山が見える事もあります。

興味ありましたらこちら⇒》伊勢神宮 別宮と伊勢周辺の神社を訪ねる《

以後、八咫鏡は代々の天皇の側に置かれていましたが、崇神天皇は天照大御神の荒魂の神威を恐れて倭笠縫邑(やまとのかさぬいのむら)に移されました。

そして皇女豊鍬入姫(とよすきいりびめのみこと)がこれを祀ることになったとされています。
(この「倭笠縫邑」は具体的に何処なのかについては、候補地はあるのですが確定されていなそうです。)

その後、垂仁天皇(すいにん)の時代に倭姫命(やまとひめのみこと)が新たにふさわしい地を求めて、大和の国、伊賀、近江、美濃の諸国を巡られました。

倭姫命は垂仁天皇の娘であり、日本武尊(やまとたける)の叔母にあたるとされる人です。

そうして、宇治の五十鈴の川上にたどり着き神託により「祠やしろ」を建ててお祀りしたのが、およそ2000年前のことだそうです。

ここからが皇大神宮(内宮)の始まりなんですね~。
それから神宮と呼ばれような規模になったのは、天武天皇から持統天皇の時代になってからなのだそうです。