岸城神社 むすび市とだんじり祭で知られる岸和田の神社を訪ねる

岸城神社(きしきじんじゃ)は大阪府岸和田市の岸和田城天守閣の東側に鎮座しています。
あの有名な「岸和田だんじり祭」はこの神社の例祭となっています。

近くの岸和田城が千亀利城(ちきりじょう)と呼ばれていたので、「千亀利」と「契り」とかけて、「契りの神様」ということとで縁結びの神社としても知られているんですね~。

岸城神社 参拝

一の鳥居


狛犬

この狛犬さん!!
口を開けてる「阿」の方だから獅子ですね~。

思いっきり笑ってるみたいで、つられて笑ってしまいそう~笑笑~♪


神馬


手水舎

ここは、一般的な龍じゃなくって亀なんですね~。

もしかしたら千亀利の「亀」からの由来かなぁ~。
しかも親子カメ~笑~


境内 参道


二ノ鳥居

奥に本殿がみえます。


岸城神社 本殿

岸城神社 祭神

岸城神社は、地元の農民たちが五穀豊穣を祈って築いた神明社が起源となっているそうです。

そして、約650年前に京都の八坂神社から素戔鳴尊(すさのおのみこと)を勧請(分霊)されてからは、牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)と呼ばれて地元の守り神となっていたということです。

その後、慶長年間に小出秀政(秀吉の家臣)が岸和田城を大改修した時に、さらに八幡大神を合祀したということです。
代々城主や地域住民に信仰されていましたが、明治維新で氏子が広範囲となったため「岸城神社」と改名されたということです。

・天照皇大神(あまてらすおおみかみ)
伊勢神宮より勧請(分霊)され、岸和田村産土神(うぶすながみ)として祀られていたということです。
寛文六年(1666年)に岸和田城の城郭拡大により、城内神明門付近に祀られ天照大神小社(通称は神明社)と呼ばれ親しまれていたということです。

明治元年に境内末社として現在の地に遷座となり、平成20年の社殿改築時に天照皇大神が本殿に増祀されたということです。

参考⇒》天照大神《

・素戔嗚尊(すさのおのみこと)=午頭天王
インドの祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の守護神でもある牛頭天王は悪疫を防ぐ神として信仰があり、素戔嗚尊と同一神とされました。

参考⇒>>素戔嗚尊<<


・品陀別命
(ほんだわけのみこと)=八幡厄神・応神天皇
八幡さまとして親しまれていて日本全国どこの町や村でも出会う神様です。

岸城神社 御朱印

岸城神社へのアクセス


宿泊情報⇒》岸城神社 周辺のホテル・旅館《

■岸城神社
〒596-0073
大阪府岸和田市岸城町11-30
Tel: 072-422-0686

編集後記 ちょっとひとこと

岸和田城天守閣
昭和29年に建造された3層3階の天守ということですが、とても美しく素晴らしいです。



「契りの神様」として知られるようになった千亀利(ちぎり)の由来は冒頭でもちょっと書いてありますが、「ちきり」っていうのは織物の機(はた)のたて糸をまく器具のことなのだそうです。

それが岸和田城の本丸と二の丸を重ねた形が「ちきり」に似ているからだそうですよ~
(ちきりがわからない人は、あとでググってみてね~笑)

それで、岸和田城は「千亀利城」と呼ばれ、その守護神の岸城神社が「千亀利のお宮」と呼ばれたそうです。
そこから「千亀利(ちぎり)」→「契り」と呼ばれご縁を結ぶ神様として信仰されるようなったということですから、何とも複雑?とも言えるような由来ですよね~。

それから参拝した時期がちょうど、だんじり前でしたので、あちこちでだんじりの準備をしていました~。

今度はだんじりを紹介したいと思います。

重さ4トンもあるだんじりの前方に100mほどの2本の綱をつけ、500人程度で町を疾走するすんですからね~。
生で観たら、ドキドキわくわくマジで感動ですよ~笑

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