飯野八幡宮 福島県いわき市の八幡さまを訪ねる

飯野八幡宮(いいのはちまんぐう)は、福島県いわき市平に鎮座の八幡宮です。

一般的には「八幡さま」として親しまれている八幡信仰の神社は全国の町や村にあって、その数は4万社以上あるそうです。その数はお稲荷さんに次ぐ多さなんですね~。

主祭神はホンダワケノ命こと応神天皇です。
いわき市平の八幡さまも地元のたくさんの人々から親しみ崇敬されています。

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飯野八幡宮へ参拝

鳥居前の道路では、毎年9月第2土・日曜日の神事で「流鏑馬(やぶさめ)」が行われるそうです。

約400年の歴史をもっているそうですからスゴいですね~。
狩衣姿の騎士が的に矢を放ちながら勇壮な姿で疾駆するそうですから一度見てみたいなと思います。

この神事で、生姜を騎士が馬上から放つこともするので別名『生姜祭り』とも呼ばれているそうです。

何でも、源頼義公が平安時代後期の陸奥国(東北地方)で起こった戦いの前九年の役に出征した時に、暑気にあたってしまい農民が献じた生姜を食べて癒やしたという言い伝えがあるようです。

円月橋

大正時代に改修されて石造りになったのだそうです。
ということは、元は木造だっだんでしょうかね~(ちょっと不明ですけど)

実際に渡ってみると、かなりアーチがきつくって歩くのが大変です~(汗)

隋神門

神域に邪悪なものが入ってくるのを防ぐ門番の神(随神)が祀られている門ということですね~。

飯野八幡宮随身門は、江戸時代初期の万治元年(1658年)に建てられたものだそうです。

江戸時代初期の楼門建築の遺構として貴重ということで国指定重要文化財に指定されているのだそうです。

棟高は10.6メートルあるそうです。
下は境内から見た写真です。


飯野八幡宮は重要文化財もたくさんあるんですね~。

手水舎

神楽殿

この神楽殿も国指定の重要文化財なんですね~。
元和9年(1623年)建立だそうです。

神様に捧げる太鼓、笛などの演奏し舞を舞う儀式(神楽)を行う場所で、飯野八幡宮では流鏑馬神事の時などに巫女舞が奉納されるということです。

神楽の起源は天の岩戸伝説に由来し、アマテラスが天岩戸に隠れてしまった時、世界は真っ暗になり大変な事になりました。

困った神々が、アマテラスを呼び戻そうとして、アメノウズメが天岩戸の前で舞を舞ってアマテラスを連れ戻すことに成功したことが発祥になっているそうです。

唐門

元禄16年(1703)建立だそうで国指定重要文化財にもなっているんですね~。
シンプルで落ち着いた感じがまたステキです。

飯野八幡宮 拝殿・本殿

社殿は慶長19年(1614年)に火災になり、元和2年(1616年)に再建されたものだそうです。

当初は前殿付き流れ造りだったそうですが、延宝2年(1674)の大改修で三間社こけら葺入母屋造りとなり、幣殿・拝殿も建立さたのだそうです。

歴史が感じられ、趣のある素晴らしい社殿ですね~。



見事な彫刻です。鳳凰かな~。

飯野八幡宮 本殿
こちらも国指定の重要文化財なんですね~。

鮮やかな朱塗りがなんとも素晴らしいです。

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飯野八幡宮 祭神

飯野八幡宮は社伝によると、「康平6年(1063年)源頼義が奥州合戦(前九年の役)出征の時、京都の石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)を必勝祈願のため勧請した」のが始まりなのだそうです。

八幡信仰の発祥の地は宇佐八幡宮(大分県)で、中継点として清水八幡宮(京都)と源頼朝が創始した鶴岡八幡宮の三社を核として全国に広がっていったそうです。


・品陀別命(ほんだわけのみこと)= 応神天皇(おうじんてんのう
一般的には第15代の天皇としての応神天皇で知られていると思います。

戦前までは、武神として崇められてきたそうですが、戦後になって教育とか縁結びなど日常生活に関する所願成就の神として一般庶民に親しまれる神様になっているんですね~。

・息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)= 神功皇后(じんぐうこうごう)
品陀別命の母神。品陀別命は仲哀天皇の第四皇子ですが誕生前に崩御してしまったので、胎中天皇という異名ある品陀別命は生まれながらの君主でした。

ですから即位まで母の神功皇后が摂政行ったのだそうです。

・比売神(ひめかみ)= 仲姫命(なかつひめ)
応神天皇の皇后です。

飯野八幡宮のご利益
国歌鎮護、殖産興業、家庭隆昌、成功勝利、教育、交通安全、悪病災難除けなどの所願成就
神功皇后がお祀りされていることで
縁結び、子宝、安産、子育て守護など




飯野八幡宮の摂末社

若宮八幡神社(わかみや はちまん)

祭神
大鷦鷯尊(おおささぎのみこと、仁徳天皇)
拝殿の脇に建っています。こもも国指定の重要文化財なんですね~。


武内社

祭神
武内宿禰(たけうちのすくね)公
景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代(第12代から第16代)の各天皇に仕えたという伝説上の忠臣なのだそうです。

白旗社

祭神
源頼朝(みなもと の よりとも)公
鎌倉幕府の初代征夷大将軍

春日社

祭神
天児屋命(あめのこやねのみこと)
アマテラスが岩戸に隠れた時に岩戸の前で祝詞を唱えた神です。

岩戸が少し開らかれた時に布刀玉命とともに鏡を差し出した。天孫降臨の際にニニギ命に随伴し、中臣連の祖となったとされています。

愛宕社

祭神
軻遇突智命(かぐつちのみこと)
イザナギとイザナミとの間に生まれた神。

火の神なので、出産時に火傷してこれがもとでイザナミは死んでしまいます。

それに怒ったイザナギに十拳剣で殺されてしまいましたが、その時の血などで国譲りで重要な働きをした建御雷神(たけみかづちのかみ)などが生まれました。

近くに熊野神社の祠がありました。

事代主社

祭神
事代主命(ことしろぬしのみこと)
大国主神の子とされています。

アマテラスの命を受けた建御雷神らが大国主神に対し国譲りを迫った時に、大国主は息子の事代主神が答えると言いました。

そこでタケミカヅチが事代主に国譲りを迫ると、事代主神は大国主の意を汲んで「承知した」と答えました。

弟の建御名方神は抵抗したのですが建御雷神に服従すると、大国主神は国譲りを承諾しました。

そして事代主神が先頭に立てば私の180人の子供たちも事代主神に従って天津神に背かないだろうと言ったということです。

ここはとても清々しいです。エネルギーも感じます。

ここはかなりのパワースポットだと思いますよ~。
いわき市飯野八幡宮に行ったら是非この場所へ行ってみてくださいね♪

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いわき市 飯野八幡宮へのアクセス


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■飯野八幡宮(いいのはちまんぐう)
いわき市平字八幡小路八幡小路84
HP⇒http://www.noteplan.net/8man/